写真は、日本の皇族が住む皇居です。かつて、封建の時代には、江戸城と呼ばれ、徳川氏の幕府が置かれていました。写真は、ヤフーのものを利用させてもらいます。よろしくお願いします。このブログは、多くの外国の方々にも読んでいただいていますので、現在の日本の皇族の方々に対しても、敬語は使用しません。また、以下、敬称も、原則として略します。

 今回は、皇位の継承のためとしての、日本の国会での「皇室典範」の改正の問題、サッカーのワールドカップ、準決勝の2試合について、書いてみます。

 初めは、皇室典範の「改正」の問題です。日本では、歴史上では、初代の神武天皇は、紀元前660年に即位したことになるとされています(史実かどうかは分からない)。それから、ずっと天皇家は、続いてきたとされます。、政権をとっていた時も、ありますが、政権についていない期間の方が、ずっと長くなっています。政権についていない時も、時の権力者からは、天皇家として、尊重されていたと言えます。1868年の明治時代から、1945年の敗戦までは、天皇が支配権を持つ帝国主義国家であったと言えると思います。

 敗戦により、米国の命令等を受けて、天皇制は、国民統合の「象徴」として、残ることになりました。米国としては、天皇制廃止も考えたのでしょうが、国民に根付く歴史を考慮すると、「残した方が統治し易い」として、形の上では、存続させたようです。

 戦後の天皇制は、「象徴としての天皇」になったわけですが、天皇や皇族のあり方については、憲法上の定めを除けば、「皇室典範」という法律によることになりました。米国により、強制的に、民主化されたわけですから、皇室についての決まりは、法律とするしかなかったのだと思います。皇室典範を、改正ができないものには、できなかったわけです。

 時は流れて、皇室にも、様々な問題が起こるようになりました。天皇には、かつてのような「側室制」はなくなったため、皇族の減少が起こるようになってきました。天皇の後継が、心配されるようになってきたのです。また、天皇は、象徴制になったと書きましたが、皇室典範では、「皇位は、---男子がこれを承継する」という「帝国主義時代の考え方」が残されていたのです。現在の天皇家では、子供は、女性一人だけです。天皇の弟の子供は、女子2名、男子1名います。ですから、皇室典範によれば、この男子が、天皇を承継することになります。ところが、日本の社会では、現在の天皇家の女性に、後継になってほしいと言う声が強まっているとされます。国民の7割くらいが、女性天皇を望んでいると見られています。

 ところが、2月の衆議院選挙で圧勝した自民党の髙市首相、党内の多数派を占める麻生副総裁は、女性天皇は、絶対に認めたくないのです。また、上述のように、皇室典範は、「法律」なので、国会議員が、国会において、変更することができます。しかも、天皇側からは、国会に対して、要望さえもできないのです。(主な改正点としては、皇族の女性は、結婚してからも、皇籍を持つことができる、養親となれる宮家は、旧11宮家から、男子の養子をとることができる。その養子は、皇位の継承権はないが、生まれた男性は、継承権がある、などです。)

 戦後のこれまでの歴史の中では、「皇室典範の改正」などということは、考えられませんでした。さらに、現在の首相、副総裁は、天皇や皇族に諮ることなく、自分たちの考え通りに法文を変えようとしているのです。日本のいわゆる右翼勢力は、戦後においても、天皇や皇族に特別な敬意を払い、天皇家への忠誠を誓うというくらいでした。何の相談もしないで、皇族のあり方が書かれた皇室典範の改変を図るなどということは、考えられませんでした。高市首相、麻生副総裁は、まさに、皇室の伝統的な権威など、全く考えることなく、皇室を変えてしまおうというのです。まさに、考えられない暴挙と言えます。

 自民党内には、この動きに反対する議員もかなりいるようですが、二人からにらまれないように従おうとするようです。また日本維新の会、国民民主党、参政党などは、それぞれの立場から。自民の動きに賛成なので、法案は、改正されてしまうはずです。(17日に、参議院で可決されたため、「改正」が決まりました。)

 高市首相は、現在の皇族に「反感」を持っているかのように振舞います。政府主催の「昭和100年」の記念式典では、天皇夫妻の「誘導」をせず、官房長官にさせました。また、記念式典の中で、昭和の流行歌の演奏だか、放送だかには、さんざ時間をとったのに、天皇には、発言の機会をとらなかったのです。日本の首相なのに、なぜこのような冷遇を行うのでしょうか。

 また、麻生副総裁の実の妹は、三笠宮寛仁親王の妃であり、現在は、ひとりで、宮家を構えています。養子をとることのできる「養親」となっています。調べてみると、養子をとることができる4宮家の中では、いちばん、条件があっていそうな気がします。養子を得るという法文も、麻生は、妹のことを考えているのかも知れません。私は、前回のブログで、麻生の「藤原道長」は、本人、妹の年齢から、考えられないと書いたのですが、麻生は、本気なのかも知れません。 

 (以上は、16日までに書いたものです。17日以降の動きについては、触れていません。)

 次は、ワールドカップ、準決勝戦、2試合について書いてみたいと思います。1試合めは、スペイン対フランスです。14日(現地時間)に行われました。前半20分のことです。フランスのDFディ二ュは、自陣のぺナルティ―エリア、左サイドで、右側から飛んできたボールをヘディングで、上にあげ、落ちてきたボールを蹴ろうと決めたようです。しかし、そこへ、スペインの若きFW、ヤマルが、飛び込んできたのです。ディ二ュは、結果的に、ヤマルの左脚、もものあたりを、蹴ってしまうことになったのです。

 試合後の記者、評論家等からは、ヤマルは、わざと突っ込んできて、PKを得ようとしていたのであり、あれは、PKではないという不満なども出されていたようです。しかし、私は、主審のPKという 判断は、正しかったと思います。主審には、ヤマルの意図は、分かりません。突っ込んできたのは、分かりますが、主審が、目にしたのは、ディ二ュの左足が、ヤマルを蹴っていること、ヤマルが、倒れたことです。ディ二ュの「キック」は、勿論、故意ではないと分かりますが、とにかく、ヤマルを蹴ってしまっています。主審は、PKと決めるしか、なかったのです。(サッカーでは、故意か故意でないかは、問題にならない場合が、かなりあります。)

 もし、ヤマルの「意図」を考慮し、フランス側のフリーキックという判定をしていたら、主審は、大きな批判を受けることになっていたでしょう。

 試合は、2対0で、スペインが勝ちました。私の印象では、スペインは、よく連携が取れていて、ボール回しなどが、選手、チームの意図通りに行われている(そういう場面が多かった)という感じがしました。フランスは、エンバぺにしても、他の選手にしても、連携が不十分で、個々にプレーすることになる場面が多かったと言えます。

 フランスのデシャン監督は、試合後に、「あの主審に、ワールドカップの準決勝を裁く資格があるのか」と、フランスのメディアなどに語ったそうです。「PKだけではなく、納得のいかない判定が多かった」とも、語ったようですが、「名監督」にして、このような談話を残すことは、残念なことです。日本の古典、「徒然草」の吉田兼好ではありませんが、監督は、こういう時も、無言のまま、去るようにすべきです。

 イングランド対アルゼンチンの試合は、15日に行われました。試合が始まると、どちらの選手も、よく言えば、闘志満々、普通に言えば、けんか腰という感じで、日本で、夜明けに見ている私としては、いい感じは、しませんでした。まあ、選手にすれば、ワールドカップの準決勝であり、勝敗は勿論、プレーぶりなども、今後の契約、収入などに大きく影響します。ですから、仕方ないのですが、やはり、「すがすがしいプレー」は無理としても、観客に、「不快感を与えるようなプレー」は、するべきではないと思ってほしいものです。

 試合は、0対0のまま、後半へ。10分、イングランドは、右からのセンタリングのボールを、ゴール前の巧みな動きで、ゴードンが合わせ、得点。リードすることになりました。私は、アルゼンチンも、負けるかも知れないと思いました。アルゼンチンも、よく攻めますが、なかなか得点できません。

 私は、試合中は、気づきませんでしたが、イングランドは、1点をリードした後は、守りに入るべく、バックスを増やしたようです(試合終了後、イングランドのサポーターなどからは、守りに入ったから負けたのだ、監督が悪い、監督をやめさせろなどという、非難の声が挙がったそうです)。

 ただし、「守りに入る」ことは、決して、悪い戦術とは言えません。守りに入られると、相手側は、余計に、得点ができなくなることは、よくあります。

 アルゼンチンは、後半40分、メッシが、右サイドから、斜め、左にボールを出しました。それを、ヘルナンデスが受け、ゴール左側に決めました。さらに、アディッショナルタイム2分、メッシは、右サイドからゴール前にセンタリング、マルティネスが、ヘディングで決め、逆転。メッシは、アシスト2と、大活躍。アルゼンチンが、勝ち、決勝に進むことになりました。

 ふつうは、どんなレベルのチームでも、「高齢の技術者」を入れると、他の選手の動きに、その選手が合わなくなり、うまくいかないものなのですが、メッシは、全くそんなことは、ありません。メッシは、いつも、必要な動きをすることができるので、チーム内の他の選手は、普通にプレーすればいいのです。それでいて、メッシからは、次々とパスが来るのです。ポルトガルのロナウドにしても、このメッシにしても、40歳前後の選手でも、うまい人はうまいのだと、つくづく思い知らされる気がします。

 英国では、試合後、ザ・テレグラフという新聞(?)が、「アルゼンチンが仕掛けた『汚い手』は31個あった」という記事を出したそうです。私は、ヤフー上で、その記事を読んでみましたが、テレビ中継を1回見ただけの私には、確認は、無理でした。同紙は、試合を、細かく見直し、記事を書いたのでしょう。気持ちは、分かりますが、私は、あまり感心しません。両チームを公平に見て、そう思います。

天皇は女性もいいと思うけど首相は男高市見れば

自分から出すと言ってた陳述書出さないのかよ大嘘つきめ

世が世なら麻生高市ぶった切り皇居に馳せる者らもあらめ

審判のせいにするのは最低の言いわけだよね誤審などない

外国の人に監督させといて負ければ非難だったら頼むな

マラドーナそしてメッシと神業を振りまく国だ次は誰かな

 毎日新聞掲載拙詠

 蛇というだけで殺され農道に投げ捨てられたヤマカガシの子

 (2016.10.3)