これは、20日の火曜日に写したものです。近くの人が所有する土地の梅の花です。この日は、たいへんへん温かくなりました。21日の新聞によると、熊谷周辺では、20日の最高気温は、22.6度だったそうです。2月としては、信じられないくらいの気温です。

 長屋門残す民家の庭先に紅梅咲きぬ晴れて風なし

 これは、2018年に作成した「拙歌集」の2月の1首めに選んだ短歌です。咲きぬのあとをどうしようかずいぶん悩んだのですが、啄木の新年の短歌から借りて、「晴れて風なし」としてみました。このくらいでは、盗作にはならないでしょう。知人の歴史研究者からは、いいよと言われました。

 今回は、「世界の警察官」、「ロシアの治安体制」、サッカー選手の「不同意性交」の3点について書きます。前2点については、wikipedia を参考にさせてもらいます。

 まず、「世界の警察官」についてです。警察または、軍隊とでも言うべきものです。国際連合の成立等に関して、調べてみると、1943年10月にモスクワで開かれた、アメリカ、イギリス、ソ連による外相会議で、第2次世界大戦後に、国際的な平和機構を再建する必要性が訴えられたそうです。そして、同年のカイロ宣言、テヘラン宣言でも、米、英、ソ、中(中華民国)の4大国が、「世界の警察官」としての役割を果たしていくことで、合意しました。これが、「世界の警察官」という言葉が使われた最初ではないかと思われます。つまり、この4大国が、世界で何か問題が起こった時は対処し、場合によっては、強制的にでも解決していこうということでした。

 日本も無条件降伏をし、第2次世界大戦が終わった後の1945年10月24日に、51カ国の加盟により、国際連合が設立されました。そして、国際連合の目的を達成するために、総会、安全保障理事会、経済社会理事会等の6つの主要機関と、多くの付属機関、補助機関が置かれるようになりました。その中の安全保障理事会は、国際の平和と安全の維持を主要な役割としています。紛争が起こった場合、解決条件を勧告したり、平和に対する脅威、平和の破壊や侵略行為に対して、経済制裁等の非軍事的強制措置、軍事的強制措置を決定したりすることになっています。

 ですから、現在のロシアのウクライナ侵攻、イスラエルによるパレスチナ人攻撃等に対して、国連としての措置がとれそうだと思いますが、5つの常任理事国(米、英、仏、ロシア、中国)が持つ「拒否権」のために、国連は何もしない、何もできないことになってしまうのです。拒否権は、安全保障理事会での決定等において、大国の意見、考えが一致するようにする、いわゆる「大国一致の原則」を目指したものでしたが、どの常任理事国も、自国には都合がよい面も大きいので、反対することはなかったし、他の国々も、拒否権についての理解も不十分だったようで、反対しなかったようです。

(1965年に、国連では、中華民国が追放され、中華人民共和国が加入した。後者は、常任理事国となった。)

 現在では、どの常任理事国も、自国の問題だけではなく、同盟国、友好国等の利害によって、すぐに、そして何回でも、拒否権を行使するようになってしまっています。ですから、現在の国連は、「世界の警察官」の役割を全く果たしていないことになってしまうのです。拒否権に対しては、「国際連合のもっとも非民主的な要素」という批判もなされています。

 国連の安全保障理事会の「拒否権」を廃止することが、国連の民主化になり、世界の平和に役立つ国連になることは明らかですが、まさに「拒否権」のために、「拒否権の廃止」ができないというジレンマに陥っています。そして、常任理事国のロシアが、ウクライナに侵攻し、米国が、イスラエルのために、やたらに拒否権を行使しているという状態が続くのです。しかし、形式的には困難であっても、こんな非民主的な拒否権は、絶対に廃止すべきです。国連の役割を果たせません。

次は、「ロシアの治安体制」についてです。ここでは、ロシアの治安関係の組織を概観し、その後、プーチン支配、ナワリヌイ氏の死去等について、書きたいと思います。

 1917年のロシア革命に成功したレーニンは、その後、「全ロシア非常委員会」という諜報組織をつくりました。反革命やテロに備えての組織です。

 1954年3月に、国家保安委員会(KGB)が設立されました。1991年にソ連が崩壊するまで存在した組織です。ソ連の情報機関、秘密警察であり、軍の監視や国境警備も担当しました。その後、いくつかの組織に分割されました。

 1995年に「ロシア連邦保安庁」が設立されました。略称は、FSBです。ロシア語を英語表記にしたものから、FSB(略称)としたものです。このFSBは、「法や他機関の手の及ばない、大統領の私的な抑圧部隊」になったと言われています。

 ここで、プーチンについて、少し触れておきます。プーチンは、レニングラードに生まれ、レニングラード国立大学で法律関係等を学びました。そして卒業後、当時のKGBに就職し、対外情報部員として、16年間勤務しました。1991年、サンクトぺテルブルグ(旧レニングラード)に戻り、政治活動を始めました。そして、1996年、モスクワに移り、エリツィン政権に参加しました。連邦保安庁長官、連邦安全保障会議・事務局長を経て、1999年、首相に就任しました。同年12月に、エリツィン大統領が辞任したため、大統領代行になりました。そして、2000年の大統領選挙で当選し、さらに2004年の選挙でも当選しました。

 2000年からのプーチン政権の8年間では、特に経済政策の面で、国内の混乱を克服し、国民の暮らしを改善することに成功しました。(ソ連崩壊後に生まれた)ロシア連邦としては、GDPは72%の増加、国民の実質所得は2.5倍、実質賃金は3倍以上になりました。これには、輸出品であった原油、ガスが5倍くらい値上がりしたことも大きな要因であったようですが、とにかくソ連の崩壊、金融危機等を克服し、海外投資等を増加させ、慎重な経済政策、財政政策を進めて、国民の暮らしの改善が図れたわけです。ソ連崩壊後に台頭した、オリガルヒという新興財閥に対して、プーチンは、従うものは利用し、従わないものは弾圧するなどの対応をしていましたが、一般の国民にとっては、プーチンの「非情」は、知られなかったようです。ですから、多くの国民は、プーチンを賞賛し、感謝の念を深めたのです。

 そんなプーチンも、その後は、わがままで、冷酷な独裁者に変わりました。反対者、批判者は、すぐに逮捕させます。そして、裁判とは名ばかりの判決により、投獄させます。またジャーナリスト、亡命者等々で、プーチンが許さないと決めた人たちは、暗殺させます。犯罪者を逮捕するべき者に、暗殺をさせるのです。犯人が明らかになるはずがありません。亡命者は、居住する他国で暗殺されます。大使館職員、諜報部員が暗殺することもあるでしょうし、外国人に依頼することもあるでしょう。外国で暗殺された人も、何人もいます。

 プーチンは、「宮殿」と呼ばれる大邸宅も所有しています。批判された際には、自分の所有ではなく、別の人のものだと言い訳をしました。時間のある時は、そこで、「くつろぐ」のでしょう。元金メダリストのカバロワを愛人とし、4人の子供がいると言われています。ロシアの革命前の時代の「皇帝」のようなものです。

 今回、北極圏の刑務所で死亡したナワリヌイ氏は、プーチン批判の急先鋒でした。ドイツに向かう機中で、毒を盛られ、死にかけたのに、ドイツで治療後、またロシアに帰国したのですが、すぐに逮捕されてしまいました。そして、裁判が行われ、懲役19年もの判決を受けました。そして、モスクワ等よりも寒さがより厳しい北極圏の刑務所に移されたのです。私は、移されたことを知った時、暖房などは大丈夫なのか、心配しましたが、さすがに、刑務所であっても、暖房が効かなければ、凍死してしまうような寒さのようで、その心配はなかったようです。しかし、毒を盛られたか、ナワリヌイ氏は、死亡しました。勿論、殺人に決まっています。プーチンの判断によって、殺されたのでしょう。ナワリヌイ氏の遺体は、ようやく母親が対面することができたそうですが、引き渡しは許しません。刑務所関係者等が、死因を調べるためだなどと言っているようですが、遺族等に死因を調べられたら、殺人が明白になってしまうからでしょう。ナワリヌイ氏は、帰国すれば、やがては殺されると思いながら、帰国したようです。自分は、殺されても、支持者や同調者の励ましとなり、祖国の改革が進めばと考えたのでしょう。

 この事件のように、警察等の治安関係、各地方自治体の行政機関等々、ロシア国内は、すべてプーチンの意のままに動くようになっていることでしょう。プーチン体制に対して、反対や批判の声をあげたりすれば、解雇は当然でしょうし、「反抗」の度合によっては、暗殺されてしまうでしょう。

 2年にもわたるウクライナ侵攻が続き、徴兵された多くの国民が死亡したり、大けがをしたりしても、プーチン批判は、さほど起こりません。批判したら、どうなるか、国民は分かっているからです。 

 最後は、日本のサッカー選手、カタールで行われたワールドカップにも出場し、活躍した伊東純也選手が、「不同意性交」を強いたということで、2名の女性から告訴された問題についてです。2023年6月20日に、日本代表チームは、大阪のスタジアムで、ペルー代表と対戦しました。キリンカップでしたか。まあ、実態は、親善試合のようなものですから、日本代表の選手たちも、試合後は、自由行動となったようで、帰宅したり、近くのホテルに泊まったりと言うようになったのでしょう。週刊誌や新聞等によると、伊東選手は、専属のトレーナーや知人が案内してきた若い女性2名と、ホテルの部屋において、いわゆる「飲み会」を行ったようです。知人の男性は、自分の部屋に戻ったようです。ホテルの一室で、4人は一晩を過ごしたようです。

 女性2名は、今年の1月18日に、伊東選手とトレーナーを「準強制性交等罪」などで警視庁に告訴したそうです。伊東選手側は、その後、弁護士を2回代えて、3回めの弁護士を依頼し、女性側を、刑法にある「虚偽告訴罪」で、現在、捜査中の大阪府警(警視庁が、事案の場所の大阪府警に依頼)に告訴したようです。週刊誌等では、ホテルの「一夜」の様子等も書かれていますが、女性側にすれば、「何もなかった」のであれば、告訴はしないでしょうし、伊藤選手側にすれば、「何もなかった」のであれば、裁判において、「潔白」を証明すれば、いいのではないかと思います。虚偽告訴だという言い分は、勿論、弁護士の考えだと思いますが、週刊誌の新潮社は告訴せず、女性2名だけを告訴するというのは、今後の同種の事件等の際に、女性側に「同様な告訴」が行われ、女性側に告発を思いとどまらせる恐れがあるという批判も起こっています。

 私としては、こんなところで、書くのはやめることにしますが、とにかく、日本代表としての試合の後で、このような飲み会などは、代表選手としてするべきではありません。私は、釜本選手や杉山選手の頃からのサッカーファンですが、例え親善試合であったとしても、このような不祥事を知るのは、初めてのことです。日本サッカー協会なども、試合後の選手の行動等について、検討するべきだと思います。

  ウクライナ侵攻されてもう2年「支援疲れ」もあって苦戦に

  NATOにと加盟してないウクライナNATOは支援だけで他はなし

  ゼレンスキー支援するのは当然という姿勢では支援も細る

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  ロシアとは常に独裁皇帝だ共産主義だプーチンだ

  強制の性交なんて重罪だ有名人も考えないと