10月20日の水曜日、ある研修会で、群馬県内の中之条ガーデンズ、八ツ場ダム(やんばダム)に行きました。コロナ禍の中、バスに乗るのは心配でしたが、大型バスで、2人分の座席にひとりが座るというので、少しはいいかと思い、参加しました。

 中之条ガーデンズというのは、中之条町にある観光植物園で、たくさんの植物、花などが見られました。秋の終わりの頃ですから、最盛期は過ぎたような花もありましたが、十分に観賞することができました。私は、特に鈴なりになっていたリンゴの木が印象に残りました。春、夏などであれば、もっとよかっただろうと思いました。植物園は、1年中、開園しているようですが、季節によって、入場料が異なるようになっていました。

 その後、八ツ場ダムに向かいました。(上の写真は、ダムから見た上流の様子です。現在は、満水にはなっていないそうです。)賛成、反対と意見が割れる中で、途中で中断することが何度もあったそうですが、次第に工事が進み、2020年4月1日よりダムの運用が始まったそうです。 

 八ツ場ダムは、1952年(昭和27年)に、建設計画が発表されました。実に、69年前のことです。大きな台風が来た時など、東京など下流の水害を防ぐためという名目だったそうです。他にも、同じく利根川水系の河川には、いくつかのダムが建設される予定だったそうです。私は、確か、1971年(昭和46年)の夏だったと思いますが、ダムの建設予定地の川原湯温泉を通りました。道路の両側には、ダム建設反対、絶対阻止等々の立て札が立っていました。こんな所にダムが造られようとしているのか、住民は反対するはずだ、などと思ったものでした。

 八ッ場ダムの工事を請け負ったいくつかの建設会社、またダムに関するいくつかの公益法人へは、国土交通省等から多くの役人が天下りをしていたそうです。建設会社にしてみれば、建設中止などとされては大打撃なので、役人の天下りを受け入れ、何とか工事を続行できるように努力したのでしょう。こういう点などから見ると、ダムの建設が、下流のいくつかの県や、また日本の国にとって本当に必要だったのかという疑問も浮かびます。

 実際に八ッ場ダムに行ってみると、思っていたよりは、小さいダムだという気がしました。もともと細い川に作られたダムですから、それほど大きなダムにはならないはずです。(ここでは、長さ、高さなどの数値は出しませんが、およその見当であり、大小、長短などはあくまでも、私の感想に過ぎません。)

私たちが昼食をとった「浅間酒造観光センター」という店の職員が、八ッ場ダムの案内、説明をしてくれました。運用が開始された今となっては、地域の人々は、八ッ場ダムが、治水、飲料水、発電の3つの役割を果たすこと、多くの観光客に来てもらうこと、を願っているそうです。そして、長野原町も、ますます発展していくことを願っているということでした。

ダムなどもかつてのような役割は果たしていない重荷のことも

苦労して米作っても消費減る農家も減って草原の田も

貧困の家庭ますます増えている給付賃上げ実行すべし

政治家も一職種なり国民のためと言うのも職業用語

野党なら共闘するの当たり前与党が非難することじゃない

英国の感染増を目にすれば日本もこのまま終わらないよね

産油国調整せねば枯渇する消費国では暴騰続く

 世界中の多くの皆様に読んでいただき、本当にありがとうございます。おかげさまで、アクセス数も順調に増えています。(数値は、時々出させていただきます。)すでに、何回かお知らせしましたが、コメントの中には、いかがわしい記事、詐欺ではないかと思われる記事などもあります。ワードプレスも、掲載ストップはできないようです。コメントをお読みになる場合は、詐欺などには十分ご注意いただきますよう、お願いいたします。また、私も、コメントには対応しきれないことも多くなっています。どうぞお許しのほど、お願いいたします。